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月山(がっさん)森敦著 小川洋子 藤丸由華 Melodious Library 2017/1/22

小川洋子 藤丸由華 Melodious Library

小川洋子 藤丸由華 Melodious Library

2017/1/22

月山 森敦著

昭和49年の芥川賞受賞作です

62歳で受賞されたことから

当時最高齢での芥川賞受賞として話題となりました

山形県の中央部にある「月山」を舞台に

雪に閉ざされた山間の村で一冬を過ごす主人公の物語です

月山

森敦さんは明治45年1月22日、今から105年前の今日

長崎県でお生まれになりました

今日はお誕生日でもあるということで

ぜひ森敦さんの代表作を味わってみたいと思います

月山

月山

小説のタイトルにもなっている「月山」は

山形県の中央部に位置する標高1984mの山です

またの名を犂牛山というんですね…牛が座っていると書くんですね

「牛の垂れた首が羽黒山、背中が月山、おしりからおなかの間が湯殿山

これを出羽三山と称する

しかし三山といっても、実は月山ただひとつの山」なんですね…

「もうひとつ有名な山で鳥海山というのがありますけれども

鳥海山にはおよばないけれども、まぁ東北有数の高い山である

あの世とこの世の堺に位置するような山…

しかしなぜ月山がそういう雰囲気をもっているのか?

理由は誰にも語れない。しかし、月山を描写していくと

なぜかみんな死の匂いを嗅いだような気持ちになる」

というような描写からスタートします

月山

注蓮寺

そしてこの小説の主人公である「わたし」が目指しているのは

七五三掛(しめかけ)という場所にある

注蓮寺(ちゅうれんじ)というお寺なんです

この主人公は注蓮寺を目指して山の道を歩いていきます

しかしまず不思議なのは

なぜ彼が、月山のその寺を目指すのか?

理由がはっきり描かれてないんです…それどころか

この主人公「わたし」の正体が何者なのか?と…

いうこともずっと謎なんです

唯一、小説がもうほとんど終わりかけたところで

「道路や橋をつくっていた」ということがチラッと出てくるんですが

それ以外のことは、まったく不親切にも説明されていません

もう月山でおこったこと…出会った人…

あるいは月山の風景…それ以外はほとんど何も描かれていないというのが

この小説のもっている大きな特徴だと思います

月山

爺さま

そして注蓮寺に到着します…結構大きなお寺なんです

で、ここに「寺の爺さま」と呼ばれる人が住んでます

これもまた何かいわくがありそうですね〜

境内にお花畑をつくっている…この爺さまが…

そこでね〜作っているセロファン菊っていうのがまたね〜

こうお花畑といいながら

どっか不気味な雰囲気が読み取れるんですよ…

もと大工さんらしんですね…暇さえあれば割り箸をつくってるんですよ

この爺さまが…

こんなに人が割り箸を必要かと思うくらい

しょっちゅう暇があれば割り箸を作っては

村の人達にあげてるんですよ…割り箸を…

でも食事の用意なんかは、すごく親切にしてくれるんです

爺さまのつくるお味噌汁、美味しそうですよね、あったかくて…

でも具はいっつも大根なんです

 

月山

Q,爺さまの言葉、小川さんはついていけましたか?

音楽のような捉え方で爺さまの言葉を捉えればいいんだな〜と思いました

例えば「うんだの?」て言うんですよ…爺さまが…

それが「そうだ」なのか「そうではないのか」

主人公の「わたし」も分からない…と言ってるわけですよ

YESかNOか、まったく正反対ですよね〜

どちらかわからないけれども、なんとなく会話がなりたってる

その正反対のものが、渾然一体となって

YESでもありNOでもありという空気がその場に満ちている

それがね…そのまま月山が死の山であって

鳥海山はこの世の証のような山である…正反対の山

そのふたつの山が相対している…このね…

「現実にありながら生と死が境界線を飛び越えて

ひとつの地平に連なり合っている」という月山の持っている不思議さ

「月山の奥に入っていくと

この世が遠のいて、最初からこの世なんかなかったように思える」

そういう月山のもっている風土と、この土地の言葉

というのが、ものすごくうまくマッチしすぎていて怖いぐらいでしたね…

月山

冬の注蓮寺

さて注蓮寺にやってきた主人公なんですが

夏の気配が残る頃にやって来たんですよね…

その後、季節はどんどんめぐっていきます

美しい紅葉から、もうひといきに冬になります

その冬を告げる前触れとなるのが『カメムシ』なんですよ

これがまた…気持ち悪いシーンですよね…

なんか空を黒いツブツブが飛んでるな〜?と思うと額と言わず

肩と言わず、胸と言わず、ペタリペタリと

そのカメムシがはりついてくる…という

「我慢のしようもない嫌な匂いを漂わすのであります」

もうそこから冷たい雨が降ってきまして、あっという間に雪が降る

そしてバスも通わなくなる…そうなりますとね…

バスが来なくなって、もう戻ろうにも戻れなくなる

「ここは死者の来るべきところであり、現にわたしはそこに来ているのに

なまじ乗ればまだ戻れそうなバスがあるばかりに

捨てきれずにいた未練を捨てたかったのかもしれません」

いよいよバスが来なくなった冬がやってきて

彼も覚悟を決めた!というような…

こういうところを読むとこの男が

外界に何を残してきたのか?何を捨ててきたのか?

すごく気になるんです

そしていよいよ雪に閉ざされた季節になりますと

部屋に隙間から雪が吹き込んできて

部屋にまで積もる…よっぽど寒いんでしょうね〜

でも寒さしのぎに、そのお寺に伝わる昔の祈祷簿の和紙を張り合わせて寝床をおおう蚊帳をつくる…

それが繭のようになって

かろうじてこの主人公のわたしを死者の世界から守っているような

そういう役目を果たします

この和紙で蚊帳をつくる場面もすごく印象的ですよね…

月山

村の秘密

だんだんこの寺のある村の状況が分かってきます

密造酒をつくって、なりわいをたてている…

ですから村人たちはみんなね…その犯罪の共犯者なんです

そういう意味で、現実社会から孤立している…雪に閉ざされて

みんな密告しないかどうか、お互いに見張り合っている

2重、3重の意味で外界から切り離されている

こういう楽しみがない生活ですから、気晴らしが必要だということで

定期的に念仏の集まりがあるんですね…老若男女が信教を唱えて

御詠歌を歌って、お寺の広い座敷で持ち寄った重箱の料理を食べる

無礼講で…そこに主人公の「わたし」も参加させてもらうんですけれども

「おばあさんが、重箱から何かネチャっとしたものをすくって差し出すのです

皿もないので手のくぼみにうけると、紅人参や南京を混ぜた小豆粥みたいなもので

口に入れると、へんに甘酸っぱく、泣きたくなるような味がするのです」

なんかちっとも美味しそうじゃない、この食べ物の描写がまた

ぞくぞくさせますよね〜

月山

女との再会

で、この念仏の集まりで

以前、山の中で出会った女と再会します

この女が、なぜか「わたし」の寝床に忍び込んでくるのです

しかしその姿が、あまりにも無防備過ぎてどうにもできないんですね…笑

彼の方もあんまり容易に手出ししない方がいいと直感がはたらいたのか

ぐずぐずしてるうちに女は姿を消します…で

「女が姿を消したことでかえって救われた気がするのです

しかも中には片付けてもらうほどのものもないのに

どこかともなく片付けられ、布団の敷布もきちんとはりなおされて

机にはあのセロファン菊と、たぬき徳利が残されている」

ここでセロファン菊が出てきますよ!謎のお花…

それを見た主人公はね

「セロファン菊が女の姿になってここにやってきたんじゃないか?

いつかセロファン菊にかえって、戻らぬものになってしまったような気がするのです」

読み方によっては、なまめかしいシーンではあるんですが

その女性がもっている官能的なものじゃなくて

むしろここで重要なのは、むしろここで存在感を放っているのは

その謎のセロファン菊の方なんですよ…

この世のものでないような、危うさが

この寝床に満ちてますね…和紙でかこわれた寝床…

またこれ、後日談がありましてね…

のちにこの女が住むという小屋を訪ねていきます

まぁ下心があったのかね…そうすると

「はげしく平手で頬をうつ音が聞こえてくる」

中をのぞく勇気がないんですけれど

激しい、男が女をぶつ音がその小屋から聞こえてくる

そういうエピソードばかりです…

すべてのできごとにオチがないんです

冬の間、わたしにとって不可解なことばかりなんだけど

「しかしわたしは、その不可解なことを決して拒絶しない…

黙って受け入れる」

月山

山を下りる

節句が過ぎると、本当の春なんですが

その春を告げるのが、またカメムシ…なんですね

鉢の底に落ちたカメムシが、また一生懸命フチまで登ろうとするんですが

「ツルツルすべってうまくいかない

何度も何度も失敗して、ようやくフチまで上がってきて

羽を広げてブーンと飛び立っていく

私はその時、声をあげて笑わずにはいられませんでした」と…

主人公が笑うってほとんどないことなんですけれど

「こうして飛んでいけるならば、何もフチまではいあがることはない」

そうなんですよね…

「そのバカさ加減がたまらなく可笑しくなったのです」

というんですが、だんだんそら恐ろしくなってくる…

そのカメムシが自分に思えてくるんですね

「たとえ這い上がっても飛び立っていくところがないために

這い上がろうともしない自分を思って、わたしはなにかそら恐ろしくなってきたんです

カメムシはまだ、飛び立っていく目的地がある

しかし自分は飛び立っていく先が見えないために這い上がろうともしてない」

そういうね…カメムシを見て自分の置かれている状況を第三者的な目で見る…

いよいよ実はここを離れるっていう予感がしてるのかなぁ〜て

気がしてくるんですよね…そこへなんか唐突に友人が迎えに来るんですよ

で、爺さまがね…

「わざわざこうして迎えにござらしたもんだ…何考えることがあろうばや…

たつんだで一緒に…」

この山を下りるっていう重大な決心をね…爺さまがさせるんですね…

そしてものすごくあっさり山をおります

そこに余計な意味は何にもありません…この山に滞在したことで

主人公は何を得たのか?何が変わったのか?

だから山を下りるんだな〜という読みて手として

納得できるものはなにもないんだけれど、爺さまのアドバイスにしたがって

山を下りていきます

月山

Q、この小説の魅力は?

なんにも説明してくれないんですけど

私達が生きている世界って理由がわからないことだらけなんですよね〜

ですからね…事情がわからないということに過剰に反応しない方が

むしろ広い心を持てると思うんですよね〜

何もかもがつじつまがあって、うまくおさまったら

どんどん世界が小さくなっていきますよね〜

わからないことだらけの世界に私たちは生きてるんだ

むしろ親切にわかりやすく説明してくれる方に疑いをもつことべきですよね

100%分かるほうが不自然…

この『月山』は、死後の世界、あの世、あちら側…という

人間が死んだらそこに行くらしいっていう場所が

どっかとんでもなく遠くの世界にあるんじゃなくて

現実、今私達が生きている世界の続きにあるんだ…ていうことが

「わたし」の足跡をたどって読むことで

生と死がひと続きになっていることを実感させてくれますよね〜

そしてそれが宗教的な意味合いと異なる角度から

ちゃんとした文学として読ませてくれるっていうところが

この作品の偉大なところだと思います

月山