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ムシェ 小さな英雄の物語 キルメン・ウリベ著 小川洋子 藤丸由華  Melodious Library 2017/1/29

小川洋子 藤丸由華 Melodious Library

小川洋子 藤丸由華 Melodious Library

2017/1/29

ムシェ 小さな英雄の物語

スペインのバスク地方の出身の作家キルメン・ウリベの

「ムシェ 小さな英雄の物語」

題名にもなってるムシェは実在の人物で

スペインが内戦状態にあった時

バスクから疎開した少女を引き取ったベルギー人の若者です

彼は第2時世界大戦で反ナチ抵抗運動に加わったことから逮捕され

強制収容所に送られてしまいます

ムシェ 小さな英雄の物語 [ キルメン・ウリベ ]

1月27日はアウシュビッツが開放された日ですので

この時期に読んでみたいと思います

ムシェ 小さな英雄の物語 [ キルメン・ウリベ ]

キルメン・ウリベ

1970年、スペインのバスク地方の生まれです

バスク語というのは、使っている人が100万人に満たない

少数言語なんですね

そのバスク語の書き手である彼は2001年に詩人としてデビューします

2008年に初の小説となる「ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ」が

世界的に高く評価されます

その4年後に発表されたのが「ムシェ 小さな英雄の物語」です

Q、この作品は小説?それともノンフィクション?

歴史的資料としっかりとした取材に基づいて書かれています

具体的にはムシェの娘さんカルメンが、かなり協力的に資料を提供しています

そこにプラス、作者の作家としての想像力も織り交ぜながら

より広がりを持った作品になってると思います

以前、パトリック・モディアノの「1941年。パリの尋ね人」

という作品を取り上げました

あれも作家が書いたノンフィクションでしたが、今回

想像の場面も入れてるということでノンフィクションではないんですが

小説に近いんですけど、事実ノンフィクションの部分を大変尊重してるな〜

ということを感じました

作者の想像力によって

ムシェという実在した人物の事実がゆがめられるようなことがあってはいけない…

というウリベ自身の強い意志を感じました

ムシェ 小さな英雄の物語 [ キルメン・ウリベ ]

出会い

時代はスペイン内戦下の1937年です

ピカソの絵画でも知られるゲルニカの爆撃の直後

1万9千人のバスクの子どもたちがヨーロッパ各地に疎開することになります

その中の一人が、カルメンチュという8歳の少女…可愛い名前ですね…

そのカルメンチュを引き取ったのがロベール・ムシェとその家族

8才の子どもにとっては、これは過酷な移動ですね…

もちろん親元を離れる不安もあれば、どこへ行くとも知らされずに

船の甲板でひしめきあってる…

カルメンチュはお兄さんラモン10才と一緒なんですけれど

到着後、すぐに引き離される…ロベールが迎えに行くんですね…

「やぁ!僕はロベールだよ。ロベール・ムシェだ」と

彼は微笑みを浮かべてスペイン語で話しかける

このロベールっていうのが、語学の天才でしてね…

非常にいろんな言葉が使えるんですね…そのことが非常に役立ってもいるんですけど

で、カルメンチュはひと目で「この人なら大丈夫だ」って安心したんじゃないかな?

子どもってのは鋭いですからね…この時点でロベール・ムシェという人の

人間性をすぐ見抜いたんじゃないかな〜?

だから安心してね、ちょっと具合が悪くなっちゃったりするんですけど

そういうところが、非常に短い場面ですけれど

全くの他人、年代も違うこのロベール・ムシェとカルメンチュが出会う

本当に「運命って不思議だな〜」って色々考えさせられる出会いのシーンです

ムシェ 小さな英雄の物語 [ キルメン・ウリベ ]

ロベール・ムシェ

これは違う読み方をすれば「ロベール・ムシェの青春物語」という一面もあるんです

親友ヘルマン、のちに作家になる人なんですが、ヘルマンとの触れ合いですとか

ロベールはとっても芸術好きな人で文学や音楽との出会い

とくにベートーベンが好きなんですね〜あるいは人生や政治について

友だちと議論を戦わせたり、初恋もあります

とっても感受性が豊かでまっすぐな正義感の持ち主

ただ純粋すぎて、怖いもの知らずなところもある

そこを親友のヘルマンが心配したりするシーンもあるんですね

それが後の彼の運命を知って読むと切ない部分もあるんです…

このムシェの一家は決して裕福ではないんです

その疎開してきた子どもを預かるってのは

何も余裕があってしてるわけじゃないんですね…

ロベールのお父さんは体を壊しまして、工場勤めができなくなって

フライドポテトを売ってる…この貧しさのためにロベールは

本当は大学に行きたかったんだけれども行けなかった

進学できなかった…にも関わらず、カルメンチュを引き取って

音楽会や動物園や映画に連れてってね…

彼女が少しでも心豊かに過ごせるように努めている

またこのカルメンチュをロベールもお父さんもとっても可愛がります

ですからカルメンチュとロベールの関係っていうのは

兄と妹的な関わりですよね…このロベールのお父さんとカルメンチュが二人で

フライドポテトを売ってるシーンなんかね…ほんと微笑ましいんですよね…

つまみ食いしたりしてね、カルメンチュが…こういう描写があります

「『君の明るい性格は、周りの人まで明るい気持ちにさせてくれる

それは、最高にすばらしいことなのだ』と

ベートーベンはかつて若き日のリストに言った

だとしたらカルメンチュは、我が家に届いた最高の贈り物だ」と…

こういうことを言うときにまた、ベートーベンやリストを出してくるっていうのが

彼のね…感受性の素晴らしいところだと思うんですけれど

お金には換算できないものを8才の少女がもたらしてるんです

ムシェ 小さな英雄の物語 [ キルメン・ウリベ ]

別れ

しかし、スペイン内戦が終結してまた第2次世界対戦が勃発したことで

カルメンチュたち児童は、また故郷であるバスクに帰されてしまうんです

一番の犠牲者は、いつの時代でも子どもですよね…

とうとうお別れする日、その悲しい日の写真には

よそ行きの服を着たカルメンチュとお兄さんのラモンの姿が映っています

そしてカルメンチュは、ベルギーに来たときよりも

ずっとふっくらしてるんですね…ですから育ち盛りの時期

ちゃんとロベールの両親に食べさせてもらってたんだっていうことを証明してます

帰ったら帰ったで、子どもたちは混乱の中で

自分の家族となかなか再会できないんですね…

「子どもたちにとって家と呼べるものは

もはやスペインのビルバオに残してきた家族のもとではなく

ベルギーで自分を受け入れてくれた家族だった」

ですから子どもたちは、ホントにどっちの家族になついていいのかね…

混乱しますよね…しかも彼らたちには何の罪もない…

政治的な理由によって振り回される…

一方、カルメンチュのいなくなった残ったムシェの家族にとっても

喪失感は大きいんですね

「写真をもとにカルメンチュの姿を模した胸像を作らせたほどだった」

それは今もそこにあるんです!

すべて時間が過ぎ去って、色んな人が死んで…

しかしカルメンチュの胸像は、ベートーベンの彫像と並んで残されているんです

その混乱したヨーロッパで1940年、ドイツ軍はベルギーに進行してきます

ナチスが瞬く間に勢力を広げていく…

ムシェはベルギー国王軍に徴兵されて戦場へ行きます

そこで負傷して、長期の療養が必要になるんですね…

このとき手紙をやり取りした女性ビックとのちに結婚することになりまして

1942年8月、娘が誕生します

この娘に名前をつけるんですが「カルメン」という名前をつけるんです

女の子だとわかると、故郷へしぶしぶ送り返さなければならなかった

あの少女をしのんで「カルメン」と名付けるんですね…

まぁひととき預かって帰した、それっきりの関係じゃない

自分の大事な娘に同じ名前をつけるんですから…

カルメンチュにとっても、あのひとときは大きな意味を持つと思いますが

残されたムシェの一家にとっても

そういう、気の毒な子どもの役に立ちたいと思って一生懸命やったってことが

家族の歴史に、また何か新たな光をもたらしたんですね

双方にとってその時間ていうのは、大きい存在だったんですね…

ムシェ 小さな英雄の物語 [ キルメン・ウリベ ]

収容所へ… 

娘カルメンが生まれまして

その後ロベールはナチスに抵抗する運動に参加していきます

そして古い友人アリーヌの裏切りによって逮捕されます

アントワープからドイツの強制収容所へ移送されます

1944年の8月31日のことです

アントワープから絶滅収容所へ向かった最後の列車

その列車に間に合ってしまったんですね〜

それはね…実はアンネフランクの一家も一緒なんです

そしてもう、この強制収容所へ連れてこられて

さすがのロベールも一時、人格が崩壊するような絶望を味わいます

ムシェ 小さな英雄の物語 [ キルメン・ウリベ ]

ムシェの最後…

特に、このベートーベンのエピソードが耐えがたいんですけど

収容所にも楽団がいるんです

囚人たちが音楽を演奏する…死者を焼却所に運ぶ時…

あるいは親衛隊がパーティーをする時…

ロベールは、自分の中の何かが盗まれたような

自分の過去が汚されたように感じた…という印象的な一行が出てきます

しかしね…だんだん収容所の仲間に救われていきます…

弁護士のアンドレ・マンデリンクス…色々目に見えない形で保護してくれます

あるいはヘント大学の地理学の教授マックス、この先生はこんな話をします

「鉛筆の芯もダイヤモンドも成分は同じ炭素だ、特定の条件でダイヤモンドになるものもあれば、鉛筆の芯になるものもある、この鉛筆の芯はもろさのお陰で書くことができる、ヨーロッパでも、高度に文明化されたはずのこの大陸で戦争などという気違い沙汰がおこるには、特定の幾つかの条件が生じなければならなかった、私は宝石よりもこの小さな鉛筆を選ぶ、これがあればここで起きている全てを書き留めることができるじゃないか、そうして書かれたものは一粒のダイヤモンドよりも長く残るはずだ」

食べ物があるとかね…ていうような肉体的な支え

プラス精神的な支えがなければとても生き残っていけない

しかし終戦間近になって、ナチスが崩壊寸前になりますと

ノイエンガンメからみんな徒歩でリューベックの港まで移動させられます

これも過酷な移動なんですけれども…

そして停泊した船に押し込められて、結局は、皮肉というか

イギリス軍の空襲によってロベールも命を落とすという…

理不尽を象徴してるような、ムシェの最後です

Q、心に残った部分は?

ムシェは自分にできる最大限のことをなした…無名なまま…

歴史に何も名前を残さない

しかし命を捧げてやったわけですよね…抵抗運動

有名になることなど望みもしないまま…

例えばアンネフランクの隠れ家生活を支援していた人たちもまた小さな英雄ですね

そういう人々の存在を知って、思いを馳せることができるのも

こういう本のおかげなんですよね…

人間何も知らされなかったら

何にも知らないまま終わっちゃうんでね

語り継がれることの重要性、しかもそれが翻訳されることによって

私たち日本人もそれを共有することができる…

ロベール・ムシェに最も親密感を感じたのは

彼が文学について語っている描写があったんです

潜伏して抵抗運動をしてるときに、彼が翻訳のバイトをするんですね

そこで親友のヘルマンと

「文学作品をいいものにするものは何だろうか?」という会話をします

するとヘルマンが

「美しさじゃないか?」と問いかけるとロベールは

「美しさは何の関係もない」と時代性や形式的な斬新さも関係ないと言う

「僕にとっていちばん大切なものは、実はテキストには現れない何かなんだ」と…

「ある本の中にその作家の存在感か感じられる時

その作家が他の誰よりも見事にその物語を語ってくれはずだと分かる時

その声に聞き惚れずにはいられない」

これは私が小説を書くときにいつも心がけてることなんです

何を語るか?どう語るか?というよりも

どんな声で語るかのほうが、文学には大事なんだっていうことが

私にとってもテーマなんですね…

だから翻訳者ってのは、その声を聴くことから始まるんじゃないかな?と思います

だからここを読んだときに

「あぁ〜ロベールと文学の話がしたかったな〜」という思いがしました…

ムシェ 小さな英雄の物語 [ キルメン・ウリベ ]