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モチモチの木 ベロ出しチョンマ 天の笛 八郎 斎藤隆介著 小川洋子 藤丸由華 メロディアスライブラリー 2017/2/26

小川洋子 藤丸由華 メロディアスライブラリー 

2017/2/26

作者 斎藤隆介

斎藤隆介さんは、大正6年、東京に生まれ、大学卒業後、北海道や秋田で新聞記者として活動していました

そして昭和25年に秋田の「秋北中学生新聞」に童話「八郎」を発表しました

その後、東京に戻ってからも児童文学作家として数々の童話を生み出しています

斎藤隆介 

児童文学作家・斎藤隆介さんの童話「モチモチの木」

1971年に発表されその後、小学校の教科書にもよく掲載されることが多い作品です

懐かしい童話をもう一度読み返してみると、また新たな発見があると思います

斎藤隆介さんというと「ベロ出しチョンマ」「八郎」「花咲山」など

日本を代表する童話を数多く発表されています

斎藤隆介 

モチモチの木

主人公の豆太は、峠の猟師小屋におじいさん「じさま」と暮らす男の子

5才になっているのに

夜中にひとりでトイレに行けないことから臆病だと言われています

でも、じさまは豆太がどんなに真夜中にトイレに行きたくなった時

豆太が小さい声で「じさま」と呼んでもすぐに目を覚ましてくれます

一緒にお手洗いまで行ってくれるんですね…

このじさまの優しさがね〜またじ〜んと来ますね〜

題名にもなっている「モチモチの木」なんですが

これは二人が住んでいる猟師小屋の前に立っているでっかい木のことで

豆太が名付けたものなんですよね…

この木は秋になりますと、茶色いピカピカした実がいっぱいなります

それをじさまが粉にして、お餅にねり上げてふかしてくれる

これがほっぺたがおちるほど美味しいんですね〜そこから「モチモチの木」というわけですが

子どもの、このあたりのセンスってすごいな〜って思うんです

で昼間は元気いっぱいの豆太ですから「実落とせ〜」とえらそうに催促するのに

夜になると、その木が、まるで怒っているように見えるんです

両手を闇の中に広げて脅しているように見えると…

たしかに昼間の公園と夜の公園て全然雰囲気が違いますよね

ときどき大人でもハッとすることがありますけれど

子どもならなおさら、しかもこんなに山奥ならね〜なおさら怖いでしょう

そして霜月二十日の深夜、この「モチモチの木」に明かりが灯ると伝説があるんです

山の神様のお祭りなんだと…じさまが教えてくれますね

「それは一人の子どもしか見ることができねえ、それも勇気のある子どもだけだ」と…

それを聞いた豆太は「自分はこりゃとってもダメだ」と

最初から降参してしまいます

霜月二十日の深夜

斎藤隆介 

夜中じさまの具合が悪くなります、お腹が痛くなっちゃうんですね

このじさまの一大事に豆太は家を飛び出して、お医者さんのところまで山道を走ります

「豆太は泣き泣き走った、痛くて寒くて怖かったからな〜

でも大好きなじさまの死んじまうほうがもっと怖かった」

この辺りね〜子どもが泣きながら走ってる…本当は怖いから寒いから泣きながら走ってるんだけど、それをもっと上回る暗闇、怖さってのは

「じさまが死んだらどうしよう」という恐怖ですよね

その辺りのところを実に素直な言葉で表現されています

そしてお医者さんが来てくれます、とてもいいお医者さんでね

帰りはちゃんと豆太を背負って走ってきてくれます

その時、その冬はじめての雪が降り出すんです

そして豆太は「モチモチの木」に明かりが灯るのを見ます

小さな奇跡が起こる…月と星の光が雪に映えて闇の中できらめいてる

山の神様が豆太を褒めているようだと

冬の訪れをお祝いしてるような幻想的な光景が浮かびます

自然の現象なんですけれども、豆太にとっては大きな奇跡ですよね

頑張った豆太なんですけれども、じさまが元気になると普通の生活が戻ってくると

やっぱり元の木阿弥…

「じさま…」とじさまを呼んでお手洗いまでついて行ってもらう

そうしないと真っ暗な夜の中に一人で出ていくことはできない可愛い豆太に戻ります

Q、モチモチの木、いかがでしたか?

やっぱりね〜男の子ってのは社会的に強くないといけない、勇気がなくちゃいけないと

無言の内に無理強いされているところがあるので、かわいそうだなと思うことがあるんですけれど

しかしそういう男の子が見せる臆病さってのは、とっても子どもらしい

そういう豆太をじさまが否定しないでちゃんと受け止めて

優しさと弱さの両方を同じように肯定する

あるいは優しさと強さはおんなじなんだと…豆太がじさまを思う優しさゆえに

山道を、夜道を一人で走った強さをみせることができた

そういうじさまの愛情の深さが心に残ります

そして最後のじさまのセリフがいいですよね〜

「人間優しささえあれば、やらなきゃならねえことはきっとやるもんだ、はっはっは」

という笑いが愛がこもっている

豆太の何倍も生きている人間の余裕ってんでしょうかね…懐の深さ

そういうものが子どもには必要ですね…

斎藤隆介 

ベロ出しチョンマ

この童話は千葉の花和村に「ベロ出しチョンマ」というオモチャがありまして

その由来を語るというお話です

この主人公は、長松という12才の少年です

この時代の12才というと大人の働きを求められます

厳しい生活ですからね…長松も3つの妹ウメの面倒をよく見るお兄さんです

ウメがね、しもやけが痛くて泣いてるとね、わざと変な顔を見せて笑わせるんです

眉毛をカタっとハの字に下げてベロっとベロを出してね…今で言う変顔ですね

そうするとウメは涙をいっぱいためながらケタケタと笑い出す

これだけだと微笑ましいお話なんですけれども

このお話はとても社会的な問題を含んでおりまして

大人たちの抱える問題がいやおうなく子どもたちを巻きこんでいきます

「掟に背いた」ということで家族全員が処刑される

本当は怖くて泣き叫びたいはずの長松は、ここでもやっぱりウメを笑わせるために

ベロ出しチョンマの作り顔を見せるんです

モチモチの木に通ずる、優しさと強さは同義語なんだ…ということが

この童話にも読み取れると思います

子どもが子どもらしくいられるっていうのが平和の条件ですよね〜

子どもを幸せにできないような社会では大人も幸せになれない

そういう思いがけず、本当に真剣に考え込む、そういうお話でした

斎藤隆介 

天の笛

ひばりが主人公のお話です

空の上の高いところできれいにさえずるひばりですけれども

声はよく聞こえるんですけれど姿がなかなか見えない…

そういうひばりが持つ伝説です

ある時、雪にふりこめられて寒くて小鳥たちが死んでいく

そういう世界を救うために、ひばりが自分を犠牲にして

空の上まで飛んでいって太陽のかけらを持ち帰るというお話です

ラスト、暖かい光があふれるような描写と死んでいくひばりの

その対称が印象的な一遍です

斎藤隆介 

八郎

とっても体の大きな八郎です…頭には鳥が巣をつくる

胸には家一軒すっぽりはいる、足跡は牛一頭くらいの大きさ

そういう大きな八郎が、自分のこの特色を活かして

自らを犠牲にして海をせき止めて、村人を救うっていうお話なんです

この八郎の中で一番好きなのは

八郎が、自分と正反対の小さな男の子のことを思いやるというところなんです

「泣ぐな、泣ぐな、オラが遊んでやるがらな」ていうね…こう胸キュンキュンとなるんですけれど

何か純粋な神聖な存在がね、自分を犠牲にして他者を救う

しかしとても人間的…そういう読み方とともに、何か村の常識を外れるような

突拍子もない存在、この場合とっても体が大きい

そういう人が除け者にされるんじゃなくて、ちゃんと役割を果す

そういう人が自分と正反対の者に優しさを見せる…

多様性の世界のあり方が問われているところで、こんな素朴な童話の中に

現代社会の私達がまだ解決できないで苦しんでいる問題点の原点があるような…

そんな気がしました…

斎藤隆介