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屋根裏の仏さま ジュリー・オオツカ著 小川洋子 藤丸由華 メロディアスライブラリー 2017/3/5

小川洋子 藤丸由華 Melodious Library

小川洋子 藤丸由華 メロディアスライブラリー 2017/3/5

ジュリー・オオツカ

ジュリー・オオツカは日系アメリカ人の作家で

この作品も20世紀のはじめ夫となる人の写真だけを頼りに

日本からアメリカに渡り嫁いでいった女性たちの物語です

屋根裏の仏さま [ ジュリー・オオツカ ]

おととい3月3日はひな祭り、そして3月8日は「国際女性デー」です

それにあわせて女性を描いた小説を選んでみました

屋根裏の仏さま

写真花嫁といいますのは、戦前アメリカに移住した日本の独身男性たち

この男性たちに嫁いでいった日本人の女性のことなんですけれども

写真だけのお見合いでね…日本から多くの女性たちが花嫁として米国に渡ったんですねぇ〜

「屋根裏の仏さま」の第1章を読むと、その女性たちがどんな気持ちで

このアメリカ行の船に乗り込んだか伝わってきます…

まず印象的なのは、船の中で一緒になった同じ境遇の女性同士のね

どこの出身か、名前、そういうものをお互い語り合う以前に

それよりも何よりも、自分の夫となる人の写真を見せあったっていうシーンなんですよね…

そこにはすごくハンサムで素敵な男性が映ってるわけです、ですから

この時点でまだ彼女たちには夢があるわけです

貧しい村で、そこで結婚して年老いていくよりも、遠い地だけれども

アメリカに渡って見知らぬ男と結婚したほうがマシだと

なぜならアメリカだったら女は田畑で働く必要がないと、レディファーストの国だ

そういうまだ見ぬ場所、アメリカに対して、とてもロマンティックな夢を抱いている

新しい生活への希望をいだいて遠い道のりを旅する…だからこそ余計痛ましいんですよ

この結婚が現実どういうものか分かった状態で読みますとね…

屋根裏の仏さま

裏切られた結婚

船の中の一瞬の出来事としてこういうシーンがあります

海がすごく凪いでいるときにね、クジラが姿を見せるんです

クジラの黒く滑らかな脇腹が、突然海から現れる、一瞬で消えていく

それがね、こんなふうに描写されています

「仏様の目を覗き込んだようだったわ」

これが何か暗示している、何か彼女たちのために仏様に手を合わせたくなるような…

そんな気持ちになりました

そして船をおります、そこに夫たちが待っております

ところが写真とは似ても似つかない男が待ってたりするんですよね〜

20年前の写真を送っていた、あるいはそれに添えられていた手紙もね

自分で書いたんじゃなくて、字の上手な専門家がかいた手紙だったというようなことがね、その船着き場で一瞬でバレちゃうわけです

出会いの瞬間からすでに裏切られている、この大事な大事な結婚が裏切りからスタートする…

第1章のラストの1行でね

「心配することはない、それは誤りだった」という…なんともせつない1行ですね

屋根裏の仏さま

アメリカでの暮らし

そして実際にアメリカでの暮らしが始まりました、想像以上に過酷なものです

例えばね

「何年も何年も雇い主のために雑草を取り続ける男の傍らが家だった」

この一行で、どんなにその肉体的にも精神的にも厳しいものだったかっていうのが伝わってきます

あるいは上流家庭の住み込みの小間使いとして働きます

苦労も多い、でも日本人らしい丁寧さを発揮して一生懸命働きます

しかし雇い主から見れば、どんなに一生懸命頑張っても、ただの下働きの女でしかないんですね…

ついうっかり女主人が、自分の娘にこんなふうに言ってる言葉を耳にしてしまいます

「もっと一生懸命勉強しないとリリーみたいに床掃除をして過ごすことになりますよ」

残酷な言葉ですね…このリリーっていうのが日系のアメリカに渡った花嫁なんですよね

そういうあだ名をつけられてるわけです

アメリカ流のね、日本の名前は呼んでもらえない

何がつらいことってのは色々あるでしょうが、私が一番心をえぐられたのは

差別されるってことですね〜

このね、想像を超える痛みがあるんじゃないかな?例えばね

男たちはね、突然道を歩いてたりすると帽子をはたかれたりします…意味もなくね

子どもたちに石を投げつけられたり、あるいは路面電車で待っていると

「もっと離れろ!」と言われる…

『そう言われるとわたしたちは「すみません」と言って微笑んで遠ざかった』

このシーンを想像するだけで彼女たちの胸の内がせまってくるようで

とても同じ日本人民族として他人事じゃないような気がします

その中でもね…精一杯人生を楽しもう、生活を豊かにしようっていう

彼女たちのけなげさがね、また泣かせるんです

例えば雑誌からケーキの写真を切り抜いて壁に飾った

きっとそういう甘いものを食べるってことはぜいたくだったんでしょうね

ひっくり返したトマトの箱に布をかぶせて仏壇をつくって、毎朝熱いお茶を供えた…

こういうね〜生活の中に少しでも工夫をして潤いをもたらそうっていうね…そういう細やかさ…工夫する能力…そういうものを女性たちってのはもってる

そういうささやかだけど、しなやかな強さ

そういうものが、かろうじて彼女たちをつなぎとめてたのかな〜頑張らせてたのかな〜と思います

屋根裏の仏さま

複数の私…

この小説を読みはじめて数ページで気がついたんですが、特定の主人公がいないんですね…不思議な作品なんですよね

例えばねこういう感じなんです

「バレーでは彼らは私達を隣人としては望まなかった、友人としては望まなかった

私達は見苦しい小屋に住み、簡単な英語も話せなかった」

つまり主語が全部「私達」なんですよね…複数形なんですね

「彼ら」というのが白人、一人の女性の人生を追うっていうんじゃなくて

大勢の「私」のそれぞれの声を、すべて同じこの小説世界の中で響かせる

ですから独唱ではなくて合唱なんですよね…すごい試みだと思います

そして「私達」という言葉が何回もでてきます、繰り返しね…

一行一行、いっけんバラバラの人のことを語っているようでありながら

それぞれ1本1本の縦糸、横糸になって、ちゃんと1枚の布になっている

織り上げられてるな〜という、ちょっと技術的にも特徴的な素晴らしい作品ですね

屋根裏の仏さま [ ジュリー・オオツカ ]

子育て

出産もまた大変です、つまり主語が「私達」ですから、色んなお産があります

気温45度の中で産む人もいれば、赤ん坊が小さくて半分透きとおっていて3日後に死んだ、ということも起こります

「私達を診てくれる医者はなく、私達は自分で後産を始末した」という人もいれば

「お金はとっておきなさい」と言って診療台を受け取らないお医者さんもいます

子どもを持つっていうことの意味の重大さ…

「つまり私達はアメリカ市民権を有する子を産み、子どもの名義でようやく土地を借りられた」

なるほどな〜と思ったんですね…アメリカで産んだ子どもは自分たちよりも、より多くの権利を持っているんですよね

そういう社会的な実務的な権利だけ、それも大切なことなんですけど、生活を豊かにするためにはね…この一行に私は心を打たれましたね

「アメリカに来てはじめて私達は、ベッドで誰かが隣りにいるのを嫌だと思わなかった」

ようやく裏切りから始まった結婚を経てね、自分の味方を得た

子どもの存在っていうのがこんなに希望であるんだな…そして成長していく

子どもたち自身もまた将来に夢をもちます、当然ながら

苦労してる親のようにはなるまい、と親を踏み台にして飛び立とうとします

それも自然なことですね…そのことはむしろ、親にとっては嬉しいことじゃないでしょうか…

そしてもう、子どもたちは英語のほうが得意だったりします

そういうふうにして少しずつ、アメリカという国に浸透していきはじめるわけなんです

屋根裏の仏さま 

戦争

しかしここで日本とアメリカの間で戦争がはじまります

ようやく日系人としての生活が安定し始めたその矢先に、太平洋戦争が始まってしまいます

そうするとね、少しずつ日系人社会から男たちが連行されて姿を消すようになる

スパイと疑われたりしてね、敵国ですからね…

そうすると一層偏見の目が厳しくなってきます…そうなると

「いいえ、私達は本当にアメリカに忠誠を尽くしてるんです、私達は日本人じゃないんです」

ということを証明して見せなくちゃいけないんですよね、そしてどういうことをするかというと、故郷の親族の写真を燃やします

お雛様にガソリンをかけて燃やすんですね…

私達の夫が敵、つまり日本ですね…とつながってると思われそうなものは何でも始末する

そして題名にもつながってくるんですが

「小さな真鍮の笑っている仏さまを、屋根裏の片隅に置いてきた」

どうしても燃やせなかたんでしょうかね〜屋根裏に隠した…

そのいよいよみんなが強制収容所へ発つ日が来ます

砂漠にね、連れて行かれます、それまで蓄えた色んな財産を没収されて

わずかばかりの荷物を持って、強制収容所へみんな収容されることになります

この屋根裏に隠された仏さまっていうのは、誰にも否定する権利のない

人間としての魂を象徴するようなものだったのかな?

宗教もね、民族も、国籍も超えて、その人がその人であるということを

唯一証明してくれるものが、この屋根裏に隠された仏さまだったのかな〜と思います

 

屋根裏の仏さま [ ジュリー・オオツカ ]

Q、強く心に残った部分は?

歴史的な事実を学ぶっていうことは、ちょっと努力すればできるんですよね

でも歴史が人間一人一人の人生によって作られてるんだな〜というね…

ちゃんとゆっくり考えれば分かる当たり前のことを実感させてくれるのは

やっぱり文学なんだな〜と思いました

よく「名もない人々」っていう言い方でひとくくりにされるんですけれど

その名もない人々にも、ちゃんとかけがえのない人生があったと

遠いこのアメリカの地でね、理不尽な屈辱的な扱いを受けながらも

懸命に生きた人々がいたと、そういう一人一人の人生に思いを寄せるということの

重要さを教えてくれる小説ですね…

屋根裏の仏さま

最後の章「いなくなった」

屋根裏の仏さま、最後の章「いなくなった」では

日系人が居なくなった後のことが描かれています

ここで「私達」という主語が、日系人から白人に変わるんです

ここで大きな転換が起こるんです

ごく自然に読み手が「あら?これは今までの私達と違うんだな」

白人と日系人がここで入れ替わったんだなということが

なんとなく伝わってくるような書き方になってるんです

つまり「いなくなった」の章の一行目はね

「日本人は私達の町からいなくなった」って言う風にかかれているんです

でこうなってきますと、結局もう日系人も白人も黒人もスパニッシュもみんな

区別なんて大した意味じゃないか!私は私だ!!そういう気持ちになってきますよね〜

今の時代にこの小説を読むってことは

また一段と意味深いな〜と思います、日系人の強制収容所のことを戦後何十年も経って

ようやくアメリカは否を認めておりますね

ですから政治ってのは間違いをおこす、人間てのは間違いをおこす生き物だな

自分とは異なるものを排除しようとするっていうことの愚かさを

もう一度、この小説を読んで思い返したいと思います

今こそ心に響く小説だったなと思います

屋根裏の仏さま [ ジュリー・オオツカ ]