読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

江戸川乱歩 人間椅子 小川洋子 藤丸由華 メロディアスライブラリー 2017/3/19

江戸川乱歩 人間椅子

小川洋子 藤丸由華 メロディアスライブラリー 

2017/3/19

人間椅子

大正14年に発表された「人間椅子」

小説「人間椅子」は「苦楽」という文芸雑誌で発表されましたが

編集長である川口松太郎の依頼で新しい小説のアイデアを考えていた時

江戸川乱歩は籐椅子にもたれながら、目の前のもう一客の椅子を睨んで

「椅子椅子」とつぶやいていたそうです

そのうちに人間がしゃがんだ形と椅子がダブって見えたきたとか…

まず登場するのは、美しく才能豊かな佳子という名前の作家です

彼女は外務省書記官の妻です、そして夫が仕事に出た後

住んでいる洋館の書斎にこもって仕事をしています

こう説明しただけで、何故かとても優雅な雰囲気が漂ってきます

発表されたのが大正14年ですからね

こんな感じの洋館の書斎で、自分も仕事をしてみたいな〜それこそ

さぞかし仕事もはかどるだろうな〜というような想像をかきたててくれる

書き出しになっています

人気作家 佳子

佳子がまずおこなうのはファンから届いた手紙に目をとおすこと

それが日課になっています、どんな手紙であっても、自分にあてられた手紙はすべて目を通す、というなかなか良心的な作家ですね〜

そしてある手紙を読み始めます、それは原稿用紙で綴じられたものでかなり厚みがある

この原稿用紙を綴じたものであるということが

のちのちポイントになってくるんですけど、あまり詳しくは申しません

「奥様」という呼びかけの言葉で始まっていきます

読んでいくと、ある椅子職人からの手紙なんです、すごく言葉遣いが丁寧です

まどろっこしいくらいにね…しかしその丁寧な文章の中に不気味な単語が散りばめられています…世にも不思議な罪悪とか、悪魔のような生活、このまま永久に人間界に立ち還ることはなかった、人間離れした怪奇千万な事実、というような

ちょっとこれだけでドキドキする、こういう書き出しで手紙がきますと

どんなに急ぎの原稿をかかえていても、読まずにいられません

椅子職人からの手紙

そして、この手紙の送り主である椅子職人が、世にも醜い容貌の持ち主である

ということが、またひとつのポイントなんです

この非常に醜い容姿である、ということが、この作品の神秘性を増してると思うんですよね

そして見た目の醜さとは裏腹に、しかし心の内では激しい情熱を抱えている

こういう表現があります

「この私が、貧乏な醜い一職人にすぎない私が、妄想の世界では気高い貴公子になって

私の作った立派な椅子に腰掛けているのでございます、そしてその傍らには、

いつも私の夢に出てくる美しい私の恋人が匂やかに微笑みながら、私の話に聞き入っております」

妄想の中で満たされない思いを消化している、この妄想のことを自分でこう書いています

「フーワリとした紫の夢」

この表現が、フーワリががカタカナなんですよね…ふんわりでもなく

色は紫なんですね

ちょっとした微妙な表現によって、読み手に胸騒ぎをおこさせる

このあたりとっても上手いですよね

ただね、この椅子職人、醜い容姿のために内向的な生活を送っておりますが

職人としての腕はいいんです

「苦心をすれば、出来上がったときの愉快というものはありません

生意気を申すようですけれど、その心持は、芸術家が立派な作品を完成したときの喜びにも、比ぶべきものではないかと存じます」

やっぱり椅子職人としてのプライドはある、椅子を作る喜びに幸せを感じている

しかし、この喜びが彼にとっての唯一の現実的な喜びであると…

そういう職人さんが書き送ってきた原稿用紙に書かれた手紙です

椅子の中に…

人気作家、佳子にあてて手紙を書いた椅子職人

その手紙が徐々に衝撃的な内容になっていくんですね…

「実は椅子に仕掛けを作って椅子の中に自分が入れるようにした」

その前段階として、すごくいい椅子ができた、自分が満足のいく…

この椅子の描写がすごくエロティックなんです

「ふっくらと、こわすぎずやわらかすぎぬクッションの粘り具合

わざと染色を嫌って灰色の生地のまま貼り付けたなめし皮の肌触り

適度の傾斜をたもって、そっと背中を支えてくれる豊満なもたれ

デリケートな曲線を描いて、ほんのりとふくれあがった両側の肘掛け」

どうですか?もう読んでるだけで気恥ずかしくなるんですけど

これ、単なる椅子じゃないですよね…

この椅子が売られていくさびしいと、手放したくない、自分も一緒についていきたいという、そう思うところまではわかりますけど

ついていきたいために椅子の中に空洞をこしらえて自分が入って椅子と一緒に運ばれていく…

「真っ暗な息苦しい、まるで墓場の中に入ったような不思議な感じがいたします

考えてみれば、墓場に相違ありません」

まさにそうです、ここで一線を超えるわけです、妄想するだけなら妄想でおわりなんだけど、越えてはいけない境界線をここで超える

そしてその椅子はホテルのロビーに置かれます

外国人専用ホテルのね、いろいろな人が座ります

醜さからの解放

彼は、こういう椅子の中入ることによって、つまり視覚を奪われるんですね

つまり見ることができない、暗闇の中にいるわけですから

その自分に椅子に色んな人が座るそうすると人間というものが

声と鼻息と足音と衣擦れの音、そして弾力に富む肉塊

それにすぎない、ということに気づきます

容貌の代わりに肌触りによって識別することができます

つまりここで彼は、自分の容姿の醜さから解放されてるんですね

自分の見た目が醜いということにずっとコンプレックスをもっていたけれども

椅子の中に隠れることによって、自分が見られることもないし、自分が相手を認識するときも、目ではないもので相手を認知する

ここで彼はまた、もうひとつ一線を超えたといいましょうかね…

だんだん深みにハマっていくんです

うら若い異国の乙女が座る…すると全身の重みが自分の上にゆだねられるわけです

そうすると彼は、陶酔の局地に陥ります

最初っからそれが、目的だったわけではないと書いてありますけど

それは言い訳かな?という気もします

こういう極端な制限された環境の中で女性を感じ取ると五感のバランスが崩れますのでね、そこにエロティックが生まれる

彼は「これこそ、この椅子の中の世界こそ私に与えられた本当の住み処だ、椅子の中の恋!」というふうに自分でビックリマークをつけております

あるいはね、また一方で、当然男性も座るわけです

そうするとね、ある時、とっても身分の高い要人が座ります

自分がその気になれば、グサリと一突きできるということに気が付きます

相手は何の警戒心もなく、自分の上に前進を委ねてるわけですから…

そこで職人はね、ある万能感を覚えるんですね

「どんなに権力のある者も、自分の意志ひとつでその生命もあやつれるんだ」というね

「かつて味わったことのない高揚感をおぼえる」

ますます自分ひとりの王国に酔いしれていく

ところがね、ある日、このホテルが改装されるということで椅子が売りに出されます

ここで事態がまた、大きく動くわけです

椅子職人の恋

とあるお屋敷に椅子は買われていきます

そこのお屋敷の婦人に本当の恋を感じるようになる…

こういえばみなさん、なんとなく想像がつくと思うんですけれど

「私はできることならば、婦人の方でも椅子の中の私を意識してもらいたかったのでございます、私を愛してもらいたく思ったのでございます

もしも彼女が私の椅子に生命を感じてくれたなら、ただの物質としてではなく

ひとつの生き物として愛着を覚えてくれたなら、それだけでも私は十分なのでございます」

椅子のことを愛して欲しいと言いながら、実は自分のことを愛して欲しいと言ってるのと、全く一緒ですよね…そこで

「彼女が私の上に身を投げた時、できるだけフーワリと優しく受けるように心がけました」

このフーワリというカタカナの一語…

江戸川乱歩が作った言葉といってもいいんですけれども、このひと言にいちいち自分が

ビビビと反応するのかわからないんですが、やっぱり江戸川乱歩の才能ってすごいな…というふうに思わされますね

恐怖

この手紙を読んだ佳子は恐ろしい予感のため、真っ青になっていったんです

途中から彼女は悟ります

自分がいる書斎に置かれた、その気味の悪い椅子に目をやります

そしてその書斎を飛び出して、悪寒に震えます

このシーン、このあたりからもう、私達も他人事じゃないんですよね

今自分が座っている椅子を思わず振り返ってみたくなります

どうしようもできないんだけれども、じっともしていられようなね…

佳子さんのことを、とても気の毒に思います

何が怖いか、何が気色悪いかっていう、うまく説明できない

その微妙なギリギリなところの神経を触ってくるというか、だから余計にやっかいです

しかし物語はどんでん返しがあるわけなんです

あえて申しません、ぜひ読んでいただきたい

しかしラストがとっても鮮やかであることは確かです

日本刀でスパッと切られたような鮮やかさがあります

ヒントとしては、これが原稿用紙に書かれていたということですね…

しかし、そういうラストだからといって、佳子はヤレヤレと安心できたわけではなくて、佳子さんはすぐに書斎の椅子を捨てたと思います

裏を確認したと思います

でもやっぱり、疑問はたくさん残りますよね…なんでそんなこと知ってるんだろうってことが…

だから江戸川乱歩の大どんでん返しをそのまま受け取ってはいけないような気がするんですね…

そのラストが、どんでん返しと言っておきながら、むしろ開かれた感じがあるんですね

こちらに委ねられているような…それくらいこの作品は、ほとんどが手紙の描写なんですが、生々しい手紙なんですよね…

この物語の着想を得た後、大きな肘掛け椅子を家具店で見かけた乱歩は

いきなり店に入りまして「この椅子の中に人間が隠れられるでしょうか?」と店員さんに聞いたそうです

奇抜なアイデアと、リアリティの融合を常に考えていた江戸川乱歩…

ごく平凡な日常の風景も

この作家の手にかかると予想もしない非日常になっていきますね…